夕方のスーパーは、いつもより少しにぎやかだった。
レジの方から、ピッ、ピッ、という音が続いていた。
入口の近くでは、カートを押す音が何度も重なっていた。
わたしは買い物カゴを腕にかけて、孫と一緒にお菓子売り場の前に立っていた。
孫は小さな手で、棚の下の方を指さした。
そこには、いつも欲しがるお菓子が並んでいた。
「これ、ひとつだけね」
そう言うと、孫はぱっと顔を上げた。
その顔を見るだけで、少しうれしくなった。
お菓子をひとつ買うだけで、こんなに喜ぶのかと思った。
孫は迷って、迷って、やっと一つを選んだ。
小さな袋を両手で持って、わたしのカゴにそっと入れた。
その仕草が、妙に丁寧だった。
カゴの中には、豆腐と卵と食パンが入っていた。
牛乳。
もやし。
見切り品の野菜。
それから、孫のお菓子。
特別なものは、何も入っていなかった。
それでも、カゴの中を見たとき、頭の中で会計の金額が勝手に浮かんだ。
前より、少しずつ高くなっている。
買っているものは、ほとんど変わっていないのに。
孫は、今度は飲み物の棚を見ていた。
小さなペットボトルを手に取って、こちらを見た。
「これも、だめ?」
その言い方に、少しだけ胸が詰まった。
だめと言いたくなかった。
でも、何でもいいよとも言えなかった。
「今日は、お菓子にしようか」
わたしがそう言うと、孫は少しだけ考えて、うなずいた。
聞き分けのいい顔だった。
その顔が、かえって胸に残った。
わたしはお菓子売り場を離れて、冷蔵棚の前に立った。
自分用に、いつも買っているヨーグルトを手に取った。
朝に食べる、何でもないヨーグルトだった。
高級なものではない。
贅沢でもない。
ただ、自分が少し楽しみにしているものだった。
カゴに入れようとして、手が止まった。
孫のお菓子が見えた。
小さな袋が、カゴの端にのっていた。
さっき、あんなにうれしそうに入れたお菓子だった。
わたしはヨーグルトを持ったまま、しばらく立っていた。
冷蔵棚の白い光が、手元を照らしていた。
周りでは、誰かが牛乳を取る音がした。
買えないわけじゃない。
払えないわけでもない。
でも、レジで出る金額を想像すると、手が動かなかった。
孫の分を戻すことは、考えなかった。
それだけは、最初からなかった。
だから、わたしは自分の分を棚に戻した。
ヨーグルトのパックが、棚の奥で小さくすべった。
音はほとんどしなかった。
「買わないの?」
孫が聞いた。
わたしは笑った。
ちゃんと笑えたかは分からなかった。
「今日は、まだ家にあるから」
嘘ではなかった。
でも、本当でもなかった。
家にあるのは、もう少しだけだった。
孫は「ふーん」と言って、カゴの中のお菓子をもう一度見た。
それ以上、何も聞かなかった。
聞かれなかったことに、少しだけほっとした。
レジに向かう途中、カゴは少し軽くなっていた。
それなのに、腕にかかる重さは変わらなかった。
孫はお菓子の袋を見ながら、小さく歩いていた。
わたしはその横で、さっき戻した棚の方を振り返らないようにした。
冷蔵棚の白い光だけが、背中の方にまだ残っている気がした。
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
自分の分だけ戻す瞬間って、思っているより心に残ります。
大きな我慢ではないのに、帰り道まで残ることがあります。
孫や子どもには買ってあげたい。
でも、自分のための小さなものは、つい後回しにしてしまう。
そういう小さな選択が、暮らしの中にはあります。
ぼくも、食費を削る前に、まず毎月勝手に出ていく支払いを見直す方が大事だと思っています。
我慢を増やすより、暮らしの仕組みを少し整える。
それだけでも、スーパーでの小さな迷いが少し軽くなるかもしれません。
同じように、暮らしの支払いが重く感じている方はこちらの扉からどうぞ。
