給食費のお知らせを冷蔵庫に貼ったまま、何日も見ていた

夜のキッチンで冷蔵庫に貼られた給食費のお知らせを見ながら、父親の手が止まっている様子を写したアイキャッチ画像

冷蔵庫の扉に、一枚のプリントが貼ってあった。
白い紙だった。
上の角が、少しだけ反っていた。

学校からのお知らせだった。
給食費の引き落としについて。
その文字を、ぼくは何日も前から見ていた。

最初に見たのは、夕飯の支度をしているときだった。
妻が冷蔵庫を開ける前に、マグネットでそこに貼った。
「これ、忘れないようにね」とだけ言って、すぐに鍋の方へ戻った。

そのとき、ぼくは「分かった」と言った。
ちゃんと聞いていた。
でも、ちゃんと見たわけではなかった。

それから毎日、その紙は冷蔵庫にあった。

朝、水筒を出すとき。
夜、麦茶を取るとき。
子どもがアイスを探して、冷凍庫を開けるとき。

何度も目に入った。

でも、ぼくはそのたびに、見ないふりをした。
まだ大丈夫。
あとで確認すればいい。
引き落とし日まで、まだ少しある。

そんなふうに思っていた。

払えないわけじゃない。
給食費は、必要なお金だ。
子どもが毎日食べているものなのだから、むしろありがたいくらいだった。

それなのに、プリントを見るたびに、胸の奥が少し重くなった。

給食費。
教材費。
集金袋。
校外学習。
写真代。
習字セット。
上履き。
水筒のパッキン。

ひとつひとつは、大きな金額ではない。
でも、学校から来るお知らせは、いつも突然テーブルの上に置かれる。
そして、いつの間にか家計の中に入り込んでいる。

「これ、明日までだって」

夕飯のあと、娘が別のプリントを出した。
封筒も一緒だった。
中には、集金のお知らせが入っていた。

ぼくは箸を置いた。

「明日?」

「うん。先生が言ってた」

娘は悪びれた様子もなく、いつもの顔で言った。
悪いのは娘ではない。
むしろ、ちゃんと出してくれただけいい。

そう分かっているのに、ぼくはすぐに返事ができなかった。

「分かった。あとで見るよ」

そう言って、封筒を受け取った。
あとで見る。
その言葉を、最近何度も使っている気がした。

娘はうなずいて、テレビの方を向いた。
画面の中では、明るい声で誰かが笑っていた。

ぼくは封筒をテーブルに置いた。
それから、冷蔵庫の方を見た。

給食費のお知らせは、まだそこに貼ってあった。
何日も前から、ずっとそこにあった。
見えていたのに、見ていなかった紙だった。

冷蔵庫のモーター音が、小さく鳴っていた。
キッチンの明かりに照らされて、白いプリントだけが少し浮いて見えた。

ぼくは封筒を開けなかった。
冷蔵庫のプリントも、はがさなかった。

ただ、二つの紙の間で、目だけが行ったり来たりしていた。

あとがき

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

学校からのお知らせって、ひとつひとつは小さな金額でも、重なるとけっこう心に残ります。
給食費、教材費、集金袋、校外学習。
必要なお金だと分かっているからこそ、余計に言いづらいところがあります。

子どもを責めたいわけじゃない。
学校を責めたいわけでもない。
ただ、気づいたら家計の中に小さな出費が積み重なっている。

ぼくも、教育費は大きな進学費だけではなく、こういう毎月の小さな支払いも含めて見ておく必要があると思っています。

無理に全部を完璧に管理しなくても大丈夫です。
まずは、学校関係のお金をひとつの場所にまとめて見えるようにするだけでも、少し気持ちが変わるかもしれません。

同じように、子どもの教育費や学校関係のお金が気になっている方はこちらの扉からどうぞ。

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