夕方のマクドナルドは、学生の声で少しにぎやかだった。
ポテトの匂い。
トレーを置く音。
隣の席から聞こえる笑い声。
窓の外は、もう少しずつ暗くなり始めていた。
子どもは学校帰りのリュックを足元に置いて、スマホをのぞき込んでいた。
私は向かい側で、少し冷めたコーヒーを両手で包んでいた。
「今日、友だちと動画見てたら、またギガ減った」
子どもが、何でもないことのように言った。
私は一瞬、返事に迷った。
「そっか」
それだけ言って、コーヒーを飲んだ。
本当は、すぐに言いたかった。
また?
この前も言ってなかった?
そんなに使うなら、少し考えてよ。
でも、言わなかった。
目の前でポテトをつまんでいる子どもは、別に悪いことをしているわけじゃない。
友だちと話して、動画を見て、写真を送り合っているだけ。
今の子どもにとって、それはもう普通のことなのかもしれない。
私が子どもの頃とは、たぶん違う。
子どもはスマホの画面を見ながら、少しだけ眉を寄せた。
「通信制限かかるかも」
その言葉で、胸の奥が少し重くなった。
通信制限。
追加ギガ。
月額料金。
家族分のスマホ代。
頭の中に、いくつかの言葉が並んだ。
この前、カードの明細を見たときも思った。
スマホ代って、いつからこんなに当たり前に家計の中に居座るようになったんだろう。
自分の分。
夫の分。
子どもの分。
毎月、何も言わずに引き落とされていく。
レジで払うわけじゃないから、痛みが見えにくい。
でも確かに、毎月ちゃんと消えている。
子どもがポテトを差し出した。
「いる?」
「ううん、大丈夫」
そう言ったあとで、少しだけ後悔した。
食べたかったわけではない。
ただ、なんとなく、その場の空気を軽くできなかった自分が嫌だった。
子どもはまたスマホに目を落とした。
画面の明かりが、子どもの顔を少し白く照らしていた。
楽しそうでもあり、疲れているようでもあった。
学校であったことを少し話して、また画面を見る。
私は、何を言えばいいのか分からなかった。
スマホばかり見ないで。
ギガ使いすぎないで。
お金かかるんだから。
どれも正しい気がする。
でも、どれも少し違う気もする。
子どもの世界を、ただ否定したいわけじゃない。
でも、家計のことを何も考えずにいられるほど、こちらにも余裕があるわけじゃない。
「来月、プラン変えた方がいいのかな」
小さくつぶやいたつもりだった。
子どもが顔を上げた。
「え、なに?」
「ううん、なんでもない」
そう言って、私はスマホを伏せた。
本当は、なんでもなくなかった。
家に帰ったら夕飯を作る。
明日の準備をする。
洗濯物もたたまなきゃいけない。
それなのに、頭の中ではスマホ代のことがずっと残っていた。
月にいくら払っているのか。
子どもはどれくらい使っているのか。
本当に今のままでいいのか。
分からないまま、ずっと払っている気がした。
店内に、注文番号を呼ぶ声が響いた。
隣の席の高校生たちが笑っていた。
奥の席では、親子が同じように向かい合って座っていた。
きっと、どこの家にもそれぞれの事情がある。
子どもに言いたいこと。
言えないこと。
言ってしまったあとで後悔すること。
帰り際、子どもは空になったポテトの箱をトレーに乗せた。
「ごちそうさま」
その声は、いつも通りだった。
私は笑って、「はい」とだけ返した。
店を出ると、外の空気は思ったより冷たかった。
子どもはスマホをポケットに入れて、少し前を歩いていた。
私はその後ろ姿を見ながら、バッグの中の自分のスマホを思い出した。
カードの明細。
毎月の引き落とし。
通信費の欄。
見ようと思えば、すぐ見られる。
でも、その夜はまだ、開けなかった。
家に帰るまでの道で、子どもが振り返った。
「寒いね」
「うん、寒いね」
そう答えながら、私は少しだけ歩く速度を落とした。
子どものスマホが悪いわけじゃない。
子どもが悪いわけでもない。
でも、放課後のマクドナルドでついた小さなため息は、帰り道になっても消えなかった。
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
子どものスマホって、ただの娯楽では片づけられないところがあります。
連絡手段でもあり、友だちとのつながりでもあり、今の子どもたちの日常の一部でもあります。
だからこそ、親としては簡単に「使わないで」とも言いにくい。
でも、毎月のスマホ代や通信量を見るたびに、小さくため息が出ることもあります。
ぼくも昔は、スマホ代を「必要だから仕方ない」と思いながら、ちゃんと中身を見ないまま払い続けていました。
責めたいわけじゃない。
子どもを縛りたいわけでもない。
ただ、毎月当たり前に出ていくお金だからこそ、一度だけ見てみる。
それだけで、少し気持ちが軽くなることがあります。
