「4,126円です」
レジの人の声が、やけにはっきり聞こえた。
私は財布を開きかけたまま、ほんの一瞬だけ手を止めた。
4,126円。
そんなに買っただろうか。
カゴの中を見た。
豆腐、卵、牛乳、食パン、もやし。
明日の朝に使うものと、今日の夕飯に出すもの。
特別なものなんて、何もない。
肉は買っていない。
お菓子も買っていない。
子どもが好きなヨーグルトも、今日は戻した。
それなのに、4,126円。
「お支払いは?」
そう聞かれて、慌ててカードを出した。
別に払えないわけではない。
だけど、胸の奥に小さな石を置かれたような感じがした。
ピッ、という音がして、支払いが終わる。
レシートが出てくる。
私はそれを受け取って、
何も見ないまま財布の横に挟んだ。
袋詰め台に移動して、エコバッグを広げた。
豆腐がつぶれないように下に置く。
卵は端に寄せる。
牛乳は重いから一番下。
食パンは最後。
手はいつものように動いているのに、
頭の中ではさっきの数字だけが残っていた。
4,126円。
前は、スーパーの買い物で
ここまで息が止まることなんてなかった気がする。
卵の値段を見て迷うことも、
牛乳を手に取って一度戻すことも、
なかった気がする。
普通に買って、普通に帰って、
普通にご飯を作っていた。
でも今は、
普通が少しずつ重い。
買い物袋を持ち上げると、ずしっとした。
食材の重さなのか、
さっきの金額の重さなのか、
よく分からなかった。
スーパーの外に出ると、
空はもう暗くなりかけていた。
駐車場のライトがつき始めていて、
同じように買い物袋を持った人たちが、
それぞれの車や自転車へ向かっていた。
みんな、普通に暮らしているように見える。
普通に買い物をして、
普通に帰って、
普通に夕飯を作る。
でも本当は、
みんな頭の中で計算しているのかもしれない。
今日はいくらだったか。
今月あといくら残っているか。
次の給料日まで何日あるか。
そんなことを考えながら、
何でもない顔をして帰っているのかもしれない。
家に着くと、子どもの靴が玄関に転がっていた。
「ただいま」
そう言うと、
リビングから「おかえり」と声が返ってきた。
その声を聞いた瞬間、
少しだけ力が抜けた。
でも同時に、
今日買わなかったヨーグルトのことを思い出した。
台所に立って、買ってきたものを出す。
豆腐、卵、牛乳、食パン、もやし。
どれも必要なものだ。
無駄遣いなんてしていない。
それなのに、
どうしてこんなに後ろめたい気持ちになるんだろう。
どうして、普通に暮らすだけで、
こんなに小さく息を止めなきゃいけないんだろう。
夕飯は、もやしを多めに入れた炒め物にした。
魚を焼く予定だったけれど、
明日に回すことにした。
子どもは何も気にせず食べていた。
夫もいつものように箸を動かしていた。
誰も、
私がレジ前で一瞬固まったことなんて知らない。
食後、台所を片付けながら財布を開いた。
レシートが少し折れたまま入っていた。
私はそれを見ようとして、やめた。
もう金額は分かっている。
見なくても、4,126円という数字は頭の中に残っている。
レシートを捨てたら、
少し楽になる気がした。
でも、捨てたところで、
今日のお金が戻るわけじゃない。
明日の買い物が安くなるわけでもない。
分かっている。
見ないフリをしても、
あのとき息が止まった感じは消えてくれない。
その夜、私は台所の電気を消す前に、
冷蔵庫の前で少しだけ立ち止まった。
普通に暮らしているだけなのに、
毎日少しずつお金が出ていく。
買い物も。
光熱費も。
スマホ代も。
ひとつひとつは、
生活に必要なもの。
でも、積み重なると、
家の空気まで少し重くなる。
冷蔵庫の低い音だけが、
台所に残っていた。
レシートは、まだ財布の中にある。
見なくても、
数字は消えてくれなかった。
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
スーパーのレジで固まる瞬間って、
誰かに話すほどの出来事ではないかもしれません。
でも、こういう小さなザワザワは、
暮らしの中に確かに残ります。
ぼくも昔は、
食費を削ることばかり考えていました。
安いものを選ぶ。
買うものを減らす。
少しでも我慢する。
でも、それだけでは心が先に疲れてしまいました。
本当に見るべきなのは、
毎日の買い物だけではありません。
光熱費や固定費、
家計の流れそのものかもしれません。
一度、暮らしの仕組みを見直すことで、
毎月の重さが少し変わることがあります。
